ニシノフラワーとの対立
1991年それまで牡牝混合であった3歳G1阪神3歳ステークスは、牝馬限定の3歳頂上決戦へと生まれ変わりました。その記念すべき第1回を制した馬がニシノフラ
ワーであります。「ニシノ」の冠名で知られる西山牧場(他にセイウンの冠名も使用、現在牧場は倒産)の生産場であります。
ニシノフラワーはアメリカの種牡馬・マジェスティッライトの持ち込み馬として誕生し、有馬記念 3連単1991年7月の札幌でデビューします。細身であまり目立たない馬でありまし
た。デビュー戦、そして続く札幌3歳ステークスと連勝。さらにデイリー杯3歳ステークスでも3馬身差の楽勝で、その才能を知られるようになります。そして大一番の
阪神3歳牝馬ステークスに出走します。道中好位を進み、直線で抜け出すと猛追するサンエイサンキューとシンコウラブリィを凌ぎG1初制覇を達成しました。
4歳(現3歳)になると、チューリップ賞から始動、これは2着に敗れました。しかし本番の桜花賞では再び好位でレースを進め、直線抜け出すという横綱相撲で完勝します。その後
2冠を駆けて挑んだオークスでは距離適正から7着に敗れ、さらに秋のエリザベス女王杯でも3着に終わります。陣営はこの結果から短距離路線にシフトすることを決断し
暮れのスプリンターズステークスに進みました。フェブラリーS 2012同レースにはマイル王者のダイタクヘリオスも出走していましたが、末脚にかけて中団待機していたニシノフラワーは、
直線大外から先行勢を一蹴し、古馬相手のG1勝利という快挙を達成したのです。
同馬は古馬になっても現役を続行しましたが、いまひとつ調子が振るわず春はヤマニンゼファーらに敗れ、秋のマイルチャンピオンシップでは13着と大敗、連覇を賭け
たスプリンターズステークスも3着に敗退し、引退することとなったのです。
2002年開催のトーホウエンペラー
3月に名古屋競馬場を舞台として行われる、中央と地方の交流レースが名古屋大賞典です。Jpn3という格付けで、1着馬には賞金として2100万円が贈られます。ダートの中距離を走るレースであり、中央や地方からエントリーしてきた4歳以上のダート馬たちが激戦を繰り広げます。1977年に誕生して、ダートグレードレースとして開催されてきました。開催から翌週には、ドバイミーティングも開催されることから、ダート実力馬たちはドバイへ向けて目標を立てているか、有馬記念予想もしくは5月に開催されるかしわ記念を目標にして休養を取ることが多く、レースには実力馬が数多く集うという事は珍しいですが、スマートファルコンやエスポワールシチーといったダート馬たちがエントリーし、賑わいを見せているようです。過去10年の開催の中で、地方馬が勝利したのは2002年開催のトーホウエンペラーと、翌年のマルカセンリョウだけです。近年では、ムーンバレイが2着入りを果たしたのを最後に、第134回 中山大障害予想地方馬が馬券対象となっていることはありません。2009年開催と2011年開催は、共に上位人気馬での決着があるように、人気実力馬がダートでは有力という事になります。名古屋コースではコーナーが狭く、よりトップを走っている馬が有利で、特にスタートが良い馬を狙っていきたいものです。
メジロマックイーンで菊花賞を制覇
以前に行われたマイルチャンピョンシップでは、ニホンピロウイナー、ダイタクヘリオス、タイキシャトル、デュランダル、ダイワメジャーといった5頭の馬が、偉業を達成しています。
短距離の馬として有名なニホンピロウイナーですが、ダイタクヘリオスはそれに対して、4歳でマイルチャンピョンシップで17着でゴールインするという結果が出て、常に2番手という評価になっています。2011 ジャパンカップダートムラにかけてしまいがちなダイタクヘリオスを連覇に導いたのは岸騎手ですが、影の名手という名前が付いています。
岡潤一郎騎手や内田浩一騎手との同期として知られているのですが、内田騎手といえば、メジロマックイーンで菊花賞を制覇していて、岡騎手といえば、リンデンリリーで、エリザベス女王杯を制覇していて、これから先が楽しみな世代でもあって、将来有望な騎手たちです。
ですが、1993年の1月には岡騎手は不意の落馬事故に遭って死亡します。これはかなり競馬関係者の間に衝撃を与えます。岡騎手はその乗馬技術から、岸騎手と並んで、将来は武豊以上になる大物の素材を持っていると期待されていたので、阪神JFこれらを踏まえてもこの事件は関係者にとって衝撃を与えたのでした。
岡騎手の同期の岸と内田騎手は関係者から期待をかけられながらも、その後のレースの展開を見ていると、GIといった表舞台で勝利を挙げることはこの一軒以降は一度もありません。その結果この事件の影響は2人の将来に重くのしかかっていたとも言われており、悲劇名事件だったのです。1992年にダイタクヘリオスが2勝したことで岸騎手の手腕が一番評価されましたが、それから先岸騎手は一度も勝てずにGI通算4勝で結局のところは引退することになりました。
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